大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成11年(ワ)2392号 判決

原告

前田ゆりこ

ほか二名

被告

山根修

主文

一  被告は、原告前田ゆりこに対し金五五一万四〇四二円、原告前田徹男及び原告藤原妙子に対し各金二七五万七〇二一円、並びにこれらに対する平成一一年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  請求の趣旨

1  被告は、原告前田ゆりこに対し金一〇〇〇万円、原告前田徹男及び原告藤原妙子に対し各金五〇〇万円、並びにこれらに対する平成一一年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

発生日時 平成一一年四月二九日午前〇時三八分ころ

発生場所 小野市鹿野町二四四七番地の二先

被告車両 普通乗用車(神戸七七の三六八四)

右運転者 被告

被害者 訴外前田等(以下「等」という。)

事故態様 等が会合から帰宅する際、本件事故現場付近の道路左側路側帯を通行中、後方より直進してきた被告車両にはねられた。

2  責任原因

被告は、被告車両の運行供用者であるので、自賠法三条に基づき、後記損害を賠償する義務がある。

3  受傷の程度

等は、本件事故により脳挫傷等の傷害を負い、平成一一年四月二九日午前一時五〇分に死亡した。

4  損害

(一) 葬儀費 一二〇万円(定額方式)

(二) 逸失利益 一六五〇万七四〇一円

等は、平成一一年三月末をもって教育委員会を退職し、以後非常勤講師として働く予定であった。

〈1〉 平均就労可能年齢まで

平成八年学歴計男子六五歳以上の平均賃金三九五万五八〇〇円に基づく。就労可能年数六年、新ホフマン係数五・一三四、生活費控除三〇パーセントとして算出。

三九五万円×五・一三四×〇・七=一四一九万五五一〇円

〈2〉 〈1〉以降平均余命まで

共済年金八六万七四〇〇円及び厚生年金四七万〇五〇〇円に基づく。余命年数一〇・八五年を一一年とし、新ホフマン係数八・五九〇、生活費控除五〇パーセントとして算出。

(八六万七四〇〇円+四七万〇五〇〇円)×〇・五×(八・五九〇-五・一三四)=二三一万一八九一円

(三) 慰謝料 二五〇〇万円

等は、現役を辞し、余生を働きながら幸せな生活を送る予定であったところ、後方から何の落度もなく即死同様にして生命を奪われたものである。

5  合計 四二七〇万七四〇一円

6  損益相殺 二一一五万一二〇〇円

自賠責保険から、平成一一年一〇月二七日に二一一五万一二〇〇円が支払われている。

7  相続による損害賠償請求権の承継

原告前田ゆりこは配偶者として二分の一、原告前田徹男及び同藤原妙子は子として各四分の一である。

8  弁護士費用 一六〇万円

原告前田ゆりこ分八〇万円、原告前田徹男及び同藤原妙子分各四〇万円を被告に負担させるのが相当である。

9  よって、原告らは、被告に対し、損害賠償請求権に基づき、前田ゆりこに内金一〇〇〇万円、原告前田徹男及び同藤原妙子に内金各五〇〇万円、並びにこれらに対する不法行為の日である平成一一年四月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、事故態様を除き、その余は認める。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4ないし8の事実は争う。

三  抗弁

1  等の過失について

等は、本件事故前大量に飲酒し、本件道路付近を酩酊徘徊していた。一般的に深夜午前〇時過ぎに、酩酊した老人が道路中央付近を徘徊していることは予見できないところである。等は酩酊し、被告車両走行道路のほぼ中央付近に突然出てきたものである。被告が等を発見したのは七・九メートル前方であり、あわててブレーキを踏みハンドルを右に切ったが間に合わず、被告車両前部と等を衝突させてしまったものである。

本件交通事故は、等にも酩酊徘徊という相当な過失があり、等には五割程度の過失があるものである。

2  逸失利益について

原告らは、共済年金及び厚生年金をも逸失利益の算定基準に含めているが、原告ら主張の年金は、生活費及び交際費等で残らない可能性が大きく、年金の性格上、一身専属性が強いものであり、死亡による労働能力の喪失と年金の受給権の喪失は無関係であることから、逸失利益の算定ベースに含めるべきではない。

3  損益相殺について

(一) 等の死亡にかかる損害賠償金として、被告加入の自賠責保険から左記の金額が認定されている。

(1) 治療費 三万三八三五円

(2) 諸雑費 一一〇〇円

(3) 文書料 七五五〇円

(4) 死亡による損害 二三三九万〇〇〇〇円

(5) 留保分 ▼二二五万〇〇〇〇円

(6) 合計 二一一八万二四八五円

(二) 右留保分は、等の母親である訴外前田きよの(以下「きよの」という。)の受領予定金額であり、支払の認定は受けているが、きよのは、まだ受領していないものの、きよのと原告らの間に対立があり、きよのが受領していないだけのことであり、請求さえあれば、いつでも支払われるものである。

(三) 右認定額のうち、被告加入の任意保険会社である安田火災海上保険株式会社が、等の治療費を一括支払ったため、三万一二八五円を回収し、きよのの留保分を引いたその余の二一一五万一二〇〇円を、原告ら訴訟代埋人が受領しているものである。

しかして、きよの分を含めて、二三三九万円は、既に支払われたものと同視できるものであり、慰謝料、逸失利益を算定する際、きよのへの支払分を、既払金として考慮すべきである。

四  抗弁に対する原告らの主張

1  過失相殺について

(一) 本件は、歩車道の区別のない道路において、同方向に進行していた歩行者と四輪車との間で生じた事故である。このような事故態様における歩行者の基本過失割合は、事故発生場所が道路端であれば〇、道路中央であっても一〇パーセントとされている。また道路中央で発生した場合にも、車両側に重過失又は著しい過失があれば、歩行者側の過失割合が減算されることは言うまでもない。

(二) 等は、事故前飲酒していたようではあるが、酒には強い方で足元がふらつくようなことはなかったのであり、現に、ふらついたことが事故の原因であるかのような形跡も全くない。

また、本件事故は、後ろからの追突であるところ、等が追突を予見することも不可能であった。

加えて、本件現場の路肩部分の幅員は〇・五メートルしかないため、歩行者は外側線より幾分右側、すなわち車道側にはみ出して通行せざるを得ない状況にある。よって、等が左端から、やや車道側を歩行していたとしても、そのこと自体に帰責性はない。

以上により、等には特段の落ち度は認められない。

(三) 被告は、呼気一リットル中〇・三五ミリグラムのアルコールを保有する状態で運転していたものであり、その影響で前方の注視が著しく疎かになっていたことを被告自身も認めている。そのために、三一・四メートル手前で等を発見することが可能であったにもかかわらず、七・九メートルという直近に至るまで等の存在に全く気付かなかったのである。

右飲酒運転の事実、前方不注視の程度に鑑みれば、被告に重過失又は著しい過失があることは明白である。

(四) よって、本件においては、過失相殺をする余地はなく、一〇〇パーセントの補償をすべきものである。

2  年金の逸失利益性について

退職共済年金の逸失利益性については、最高裁平成五年三月二四日判決によって明確に肯定されている。また最高裁平成五年九月二一日判決において、国民年金の逸失利益性も肯定されていることから、これと同趣旨の厚生年金についても当然逸失利益性が認められるものである。

3  損益相殺について

原告らの請求する慰謝料には、きよのの固有分は含まれていない。

よって、自賠責保険制度によるきよのへの支払予定額を原告らへの既払額と評価すべきとの被告の主張は、独自の見解であり失当である。

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)のうち、事故態様を除き、その余は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様について検討する。

1  証拠(乙一ないし三、五の1、2、一一の1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、小野市鹿野町二四四七番地の二先県道加古川小野線の北行車線上であり、片側一車線でその幅員は三メートルであって、外側線の外に幅〇・五メートルの路側帯が設置されており、当該道路は緩やかに右カーブをしている。

等が道路左側を北に向かい歩いていたところ、被告は、被告車両を運転し、時速約五〇キロメートルの速度で北進していたが、夜間で交通が閑散としており、通り慣れた道であることから歩行者もいないと考え、進路の安全を確認しないまま漫然と前記速度で進行したため、等を約七・九メートル手前で初めて発見し、急制動をかけるとともに右にハンドルを切ったが間に合わず、被告車両の左前部を等に衝突させ、路上に転倒させたものである。

2  被告は、等が本件事故前大量に飲酒し、本件道路付近を酩酊徘徊し、被告車両走行道路のほぼ中央付近に突然出てきたものである旨主張する。

確かに、証拠(乙七ないし九)によれば、等は本件事故の前日の午後六時ころから午後一一時ころまで飲食し、かなり酔っていたことは認められるが、道路のほぼ中央付近に突然出てきたことを認めるに足りる証拠はない。

また、衝突地点につき、乙第五号証の二の実況見分調書(平成一一年四月二九日午後一時四〇分から午後二時四〇分にかけて実況見分されたもの)には、被告車両の停止位置の手前一七・五メートル、道路の外側線から一・八メートルの地点であると記載されている。

しかしながら、衝突地点が道路の外側線から一・八メートルの地点であるとすることについては、被告車両のスリップ痕の位置と整合せず、また、被告車両の左前部が等に衝突していること、さらに、証拠(乙二、三)によれば、被告車両と対向して車(パトロールカー)が走ってきていたのであるから、被告が中央線すれすれに走るとも考えられないことからすると、衝突地点は、右実況見分調書に記載された地点よりも道路外側寄りであったと認めるのが相当である。

また、被告は、乙第一一号証の五の供述調書中では、等を左後方に跳ね飛ばした旨供述しており、前記実況見分調書においても、等が倒れていた位置である血痕が付着していた地点よりも前方で衝突したと供述しているが、時速五〇キロメートルの速度で進行してきた被告車両の左前部のみならずボンネット上にも等が衝突した痕跡がある本件事故において、等が衝突地点よりも左後方に跳ね飛ばされたとは考えられないことであり、しかも、乙第五号証の一の実況見分調書によれば、等が倒れていた地点よりも手前に血痕が付着しており、また、そのはるか手前に等の靴が落ちていたことが認められ、さらに、乙第一一号証の三の供述調書によれば、被告は、飲酒の上ぼんやり進行していて等を直前で発見した旨供述していることからすると、被告が等を発見してから停止するまでの距離が通常の運転者が停止するのに要する距離と同じであるとも考えられないので、等との衝突地点は、前記実況見分調書に記載された位置より手前であったと認めるのが相当である。

なお、乙第一一号証の三の供述調書によれば、被告は、等を発見後左にハンドルを切った旨供述しているが、本件道路は右にカーブしている上、被告は等が道路左側を歩行していたのを直前に発見したものであり、左車輪のスリップ痕が右車輪のそれよりも長いことからすれば、本件において被告が主張するとおり、右にハンドルを切ったと認めるのが相当である。いずれにしても、被告の指示説明に基づく乙第五号証の二の実況見分調書の記載によって、その衝突地点を認定することはできないといわなければならない。

三  責任原因及び過失割合

証拠(乙四、一一の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、被告車両の運行供用者であるので、自賠法三条に基づき、後記損害を賠償する義務がある。

そこで、本件事故における被告と等の過失の割合について検討するに、事故態様は前記認定のとおりである。本件道路には路側帯が設置されているが、その幅員は〇・五メートルでしかなく、しかも、証拠(乙五の1、2)によれば、路側帯に草が生えていることが認められ、右事実からすれば、歩行者が路側帯のみを歩くことは必ずしも容易とはいえないこと、もっとも、夜間道路の左側を歩行することは後方から来る自動車の存在に気が付きにくいことから極めて危険であり、等にも全く過失がなかったとはいえない。

一方、被告は、前記のとおり、飲酒の上被告車両を運転していたものであるが、証拠(乙一ないし三、一一の5)によれば、被告は、呼気一リットル中〇・三五ミリグラムのアルコールを保有していたものであり、その影響で前方に対する注意力が欠けていたこと、そのために、三一・四メートル手前で等を発見することが可能であったにもかかわらず、七・九メートルという直近に至るまで等の存在に全く気付かなかったことが認められ、右飲酒運転の事実と前方不注視の程度に鑑みれば、被告には著しい過失があることは明らかである。

以上の事実を総合すれば、本件事故については、等に五パーセントの、被告に九五パーセントの過失があると認めるのが相当である。

四  等が本件事故により死亡したこと(請求原因3)は当事者間に争いがない。

五  損害

1  証拠(乙一二)によれば、等の治療費、諸雑費及び文書料として四万二四八五円要したことが認められる。

2  葬儀費用は、原告らの主張のとおり、一二〇万円を相当と認める。

3  逸失利益

(一)  証拠(甲三、九)によれば、等は、小野市教育委員会から人権教育推進指導員の嘱託を受けて月額二万四〇〇〇円の報酬を得ていたことが認められる。等がいつまで右嘱託を受けることができるかは明らかではないが、右証拠によれば、平均的には四年ほど嘱託を受けていることが認められるから、等も四年間は右指導員の嘱託を受けるものと認めるのが相当である。四年のライプニッツ係数は三・五四六であるから、一〇二万一二四八円となる。なお、右嘱託報酬が少額であることから生活費控除はしないこととする。

(二)  また、証拠(甲四、五)によれば、等は、共済年金として年額八六万七四〇〇円及び厚生年金として年額四七万〇五〇〇円を受給していたことが認められる。

等は、本件事故当時七四歳であったから、平均余命は一一・〇四年であり(一一年のライプニッツ係数は八・三〇六四)、生活費控除を五〇パーセントとすると、逸失利益は五五五万六五六六円となる。

(三)  以上合計六五七万七八一四円と認められる。

(四)  原告らは、等が平成一一年三月末をもって教育委員会を退職し以後非常勤講師として働く予定であり、平均就労可能年齢まで、平成八年学歴計男子六五才以上の平均賃金三九五万五八〇〇円に基づく算定をすべき旨主張するが、等が前記人権教育推進指導員以外の嘱託を受けることが予定されていたことや他から収入を得ることが予定されていたことを認めるに足りる証拠はなく、現実の収入が平均賃金を下回っている限り、右現実の収入による算定をすべきであるから、この点に関する原告らの主張は採用できない。

(五)  被告は、年金の性格上、一身専属性が強いものであり、死亡による労働能力の喪失と年金の受給権の喪失は無関係であることから、逸失利益の算定ベースに含めるべきではない旨主張する。

しかしながら、年金は一身専属性が強いとはいうものの、それが現実に支給されている場合や、支給が予定されている場合には、これを逸失利益の基礎収入とすることは相当と認められるから、この点に関する被告の主張は採用できない。

4  慰謝料

等は、前記認定のとおり、本件事故により即死に近い状態で死亡したものであり、これを慰謝するには、慰謝料として金二五〇〇万円を認めるのが相当である。

5  以上合計三二八二万〇二九九円となるが、前記のとおり等にも五パーセントの過失が認められるので、これを差し引くと、三一一七万九二八四円となる。

六  損益相殺

1  自賠責保険から、原告らに対し、平成一一年一〇月二七日に二一一五万一二〇〇円が支払われていることについては、当事者間に争いがない。

証拠(甲二、乙一二)及び弁論の全趣旨によれば、被告が加入する任意保険会社である安田火災海上保険株式会社が、等の治療費等四万二四八五円を病院に支払ったことが認められる。

2  被告は、等の死亡にかかる損害賠償金として、被告が加入する自賠責保険からきよの分として金二二五万円が認定されており、請求があればいつでも支払われるものであり、既に支払われたものと同視できるものであるから、慰謝料、逸失利益を算定する際、きよのへの支払分を既払金として考慮すべきである旨主張する。

しかしながら、原告らの請求する慰籍料には、きよのの固有分は含まれていないから、自賠責保険制度によるきよのへの支払予定額を原告らへの既払額と評価することはできず、この点に関する被告の主張は採用できない。

3  したがって、前記認定の三一一七万九二八四円から既払額二一一五万一二〇〇円を差し引くと原告らの損害額は、一〇〇二万八〇八四円となる。

七  証拠(甲六の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、等の右損害賠償請求権を、原告前田ゆりこは配偶者として二分の一あて、原告前田徹男及び同藤原妙子はいずれも子として各四分の一あて、それぞれ相続により承継したことが認められる。

したがって、原告前田ゆりこは五〇一万四〇四二円、原告前田徹男及び同藤原妙子はそれぞれ二五〇万七〇二一円を相続したことになる。

八  前記認容額及び本件訴訟の経緯に鑑みれば、被告に請求し得る弁護士費用は、原告前田ゆりこ分として五〇万円、原告前田徹男及び同藤原妙子分として各二五万円と認めるのが相当である。

九  以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告前田ゆりこに対し金五五一万四〇四二円、原告前田徹男及び同藤原妙子に対し各金二七五万七〇二一円、並びにこれらに対する本件事故の日である平成一一年四月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例